ジャスモン酸情報伝達のミッシングリンク解明!


Bryan Thines, Leron Katsir, Maeli Melotto, Yajie Niu, Ajin Mandaokar, Guanghui Liu, Kinya Nomura, Sheng Yang He, Gregg A. Howe and John Browse (2007)
JAZ repressor proteins are targets of the SCF(COI1) complex during jasmonate signalling.(JAZリプレッサータンパク質はジャスモン酸情報伝達過程におけるSCF(COI1)複合体の標的である。注:(COI1)はCOI1の上付。以下同様。)
Nature Vol. 448, No. 7154, pp. 661-665.(2007年8月9日号)

A. Chini, S. Fonseca, G. Fernandez, B. Adie, J. M. Chico, O. Lorenzo, G. Garcia-Casado, I. Lopez-Vidriero, F. M. Lozano, M. R. Ponce, J. L. Micol and R. Solano (2007)
The JAZ family of repressors is the missing link in jasmonate signalling.(リプレッサーのJAZファミリーはジャスモン酸情報伝達におけるミッシングリンクである。)
Nature Vol. 448, No. 7154, pp. 666-671.(2007年8月9日号)

 ジャスモン酸jasmonic acid, JA)及びそのメチルエステルであるジャスモン酸メチルMeJA)は,もともとはジャスミンの香りの主成分として40年以上前に発見されたものである。その後,JAが植物の成長を阻害したり,老化を促進したりすることが明らかになり,生理活性物質として研究の対象となった。大きな転機は,1990年代前半に,この物質が植物の病虫害への応答に中心的役割を担っていることが,明らかにされたことにより訪れた。更に,多くの植物において正常な生殖過程の進行にも重要な役割をはたしていることが分かり,第7番目の植物ホルモンとして認知されるに至ったのである。
 植物の葉が虫に摂食されたり,病原微生物の感染や紫外線・オゾン等の作用で傷害を受けたりした時,それが刺激となって,前駆体であるリノレン酸からのJA合成に向けての代謝系が,葉緑体(プラスチド)においてスタートする(完成はペルオキシソーム)。合成されたJAは,更に種々の活性型誘導体となり,病虫害への抵抗へ向けての情報伝達系を起動する。このコーナーでも先日紹介した植物の先天性免疫応答Nature 2007年7月26日号の初期段階の中心とも言えるのが,このJA情報伝達系である。しかし,この系に関しては,(1)ユビキチンープロテアソーム系が関与すること, (2)JAの情報伝達を負に調節しているタンパク質(リプレッサー)がこれによって特異的に分解されることにより,JAによる遺伝子発現応答が起きること,(3)このタンパク質に特異的に結合してユビキチン化を引き起こし,プロテアソームでのこのタンパク質の特異的分解に導く,SCF型E3ユビキチンリガーゼ複合体の構成タンパク質として,F-ボックスタンパク質COI1CORONATINE INSENTIVE 1,もともとは,このタンパク質の遺伝子が変異することにより病原菌毒素コロナチンに非感受性になることより命名されたが,その後,同じ変異によってJAにも非感受性になることが分かった)がJA特異的認識に関わっていることが分かっていたが,これ以上の詳細な情報はほとんど得られていないのが実情であった。
 さて,NatureのArticles欄に同時に掲載されたアメリカとスペインの二つのグループによる論文では,多少異なる実験的アプローチによって突き止めた, JA情報伝達のミッシングリンクとも言える重要な位置に存在する,共通する一種類のタンパク質ファミリーを報告している。
 Thinesらは,シロイヌナズナのJA合成突然変異体opr3の葯(生理的にはJAが花粉に稔性をもたらすとともに葯を開裂させる)を外からJAで処理して,初期に発現誘導される遺伝子を調べたところ,大きく誘導される9個の機能不明の遺伝子を見出した。それらの遺伝子の塩基配列からアミノ酸配列を推定したところ,28アミノ酸のZIMドメイン(Znフィンガーモチーフを一個持つ植物特有の遺伝子調節タンパク質ZIMから由来)を共通に持つことより,これらの遺伝子群をJASMONATE ZIM-DOMAIN (JAZ)遺伝子群と名付けた。これらの遺伝子群に挿入突然変異を誘導したり,この遺伝子ファミリーの一つのJAZ1遺伝子とリポーター遺伝子との融合遺伝子を導入した形質転換植物を用いて遺伝子発現を調べたり,また,JAZ1タンパク質とCOI1タンパク質のJA依存の結合を調べたりした結果,以下のことが明らかになった。(1)JAZ1タンパク質は,JA応答性遺伝子の転写を抑制するリプレッサーとして働く。(2)JA処理はJAZ1タンパク質の分解を引き起こすが,この分解はSCF(COI1) E3ユビキチンリガーゼと26Sプロテアソームの活性に依存している。(3)JA-Ile(ジャスモン酸−イソロイシン結合体)は,他の植物タンパク質の介在なしにCOI1とJAZ1タンパク質間の物理的相互作用を促進するが,JA,MeJAなどは促進しない。また,トマトのJAZ1とCOI1間についても同様である。
 以上の結果より,著者らは,JAの活性型誘導体(この場合はJA-Ile)が,JAZリプレッサータンパク質とそれを特異的にユビキチン化するSCF(COI1) E3ユビキチンリガーゼとの結合と,引き続くプロテアソームでのリプレッサータンパク質の分解を促進し,JA応答遺伝子群の転写を開始させるモデルを提案している。
 一方,Chiniらは,以前に分離したシロイヌナズナのjai3-1jasmonate-insensitive 3-1優性突然変異を有するJA非感受性突然変異体を用いて,JA処理後,野生型と比較して有意に低い発現を示す31遺伝子を,マイクロアレイ分析によって検出した。高い発現を示すのは3遺伝子のみであった。このことより,優性突然変異jai3-1がJA依存の遺伝子発現を抑制していると考え,ポジショナルクローニングにより原因野生型遺伝子JAI3を得た。こJAI3遺伝子は,機能不明の12タンパク質からなる未同定のタンパク質ファミリーのメンバーをコードしており,Thinersらと同様の理由で,このファミリーをJAZjasmonate ZIM-domain proteins)と命名した。そして,(1)SCF(COI1)E3ユビキチンリガーゼがJAI3タンパク質をJA依存にユビキチン化の標的として分解に導くこと,(2)このことがJA応答の転写活性を高めること,また,(3)JAI3は,転写因子のうちJA応答のキーとなる転写のアクティベーターであるMYC2と相互作用し,負に制御することなどを明らかにし,Thinersらと同様のモデルを提案した。
 JA情報伝達に関する以上の機構は,ユビキチンープロテアソーム系が関与するオーキシン情報伝達機構(Nature 2007年4月5日号)と酷似していることに気が付くだろう。しかし,オーキシンの場合は,多種類のオーキシン結合タンパク質(ABP)が関与する多数の情報伝達系が存在し,それらが複雑に絡み合って数多くの生理的作用をもたらすと考えられているのに対して,JA情報伝達系の場合は,今のところこの系のみしか見出されていない。多様な活性型JA誘導体と多種類のJAZリプレッサーの存在が,多様な生理的作用のベースとなっているものと思われる。
 さて,いつにも増して多くのスペースを割いてこれらの論文を紹介しているのは,NatureのArticles欄に掲載されたからだけではない。この論文には,全人類的重要性が秘められているからである。
 すでに,三回前に紹介したように,動けない植物とはいえ病虫害に対して無抵抗ではなく,程度の差はあるものの抵抗性応答を植物は必ず示す。その中心的役割を担っているのが今回取り上げたJAであり,エチレンも関与していると考えられている。そして,更にJAに拮抗して作用するサリチル酸も,特に病原菌への抵抗性応答に関与しているとされている。(サリチル酸については,これ以外にも様々な生理的作用が知られているが,その多くが未解明なままであるので,今のところは植物ホルモンとしては認知されていない。しかし,いずれは8番目としてその仲間入りすることが予想される。)人類100億人時代を遠くない将来に控えて,食料の飛躍的増産は人類的課題になっている。今,米国と開発途上国を中心に,遺伝子組換え作物(GM作物)が広く栽培されている大義名分もこれであり,健康や生態系への影響が懸念されながらも,年々栽培面積は拡大し続けている。これに対して,植物自身が進化の過程で獲得した病虫害への抵抗能力を飛躍的に強化することができるのならば,異種生物の遺伝子を組み込んだGM作物に取って代わることができよう。そのための,重要な基礎研究の成果が今回の論文なのである。
 蛇足ながら付け加えたいことが一つある。私たちが病原体に感染したり,傷害を受けたりしたとき,激しい痛みと発熱を伴うことが多い。その痛みと熱は,多価不飽和脂肪酸のアラキドン酸等を前駆体として合成される生理活性物質プロスタグランジンの一種が作用してもたらすものである。これも,重要な生体防御機構の一部であるが,JAは構造的にプロスタグランジンと良く似ていて,生合成系も似ている。もともと植物から抽出されたものであるが現在は化学合成されているアスピリン(サリチル酸誘導体のアセチルサリチル酸)は,このプロスタグランジンの生合成を阻害することにより,解熱・鎮痛をもたらすが,植物はこのサリチル酸を自分で合成することができ,生体防御機構の一部としても利用している。
 系統的に遠く離れた被子植物とほ乳類ではあるが,進化の過程で構造的にも生理的にも極めて良く似た生理活性物質を作り出し,利用しているのは,単なる偶然とは思われない。ますます,植物の知られざる能力に驚かされそうである。そして,その能力の解明が,植物科学の現代的課題でもある。

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